京都国立近代美術館

秋の紅葉シーズンが始まり、京都は観光客であふれていた。
着物姿の人も多い。
私もタンスに放置していた着物を引っ張り出し、格闘しながら二重太鼓を結んで、1年9か月ぶりに能楽堂に足を運んだ。

久しぶりだけれど、懐かしい感覚はなく、最後に能楽堂を訪れたのが昨日のことのように思えてくる。
舞台の役者も、能楽堂のスタッフも、見所の観客も、同じ顔ぶれ。
まるでコロナ禍なんてなかったかのように、ここだけ時の流れが止まっている。
世間の嵐を感じさせない、能楽堂は竜宮城のような異空間だ。
きっと水面下ではいろいろご苦労があったと思うが、水面上は穏やかで、波静か。

お能の合間に、すぐ近くの岡崎公園の美術館へ立ち寄ってみた。
常設展は一部を除いて写真が撮り放題なのがうれしい。

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三代宮田藍堂(宏平)ペンダント《積もる恋》《恋天秤》アクリル、1985年

今回のコレクション・ギャラリーでいちばん気に行ったのが、『近代工芸の意匠』のコーナーで展示されていたこのアクリル製ペンダント。


向かって右の《恋秤》は、まさに2人の恋人候補を天秤にかけて「どちらにしようか」決めかねているようなユニークなデザインだ。
カラフルに層をなした透明なアクリルバーはそれぞれに個性があり、どちらも捨てがたい。2つを並べたほうが、より美しさが増して魅力的に見える。このペンダントを首に掛ければ、動くたびに秤が左右に振れて、揺れ動く恋心が表現される。

作者の三代藍堂(宮田宏平)は、代々鍍金を家業とする佐渡の家に生まれた人で、高度な鍍金技術を得意とするジュエリー作家さんだ。こういうアクリル製のアクセサリーは珍しいのかも。

甘いキャンディーのようにポップなペンダント《恋秤》と《積もる恋》には、日本がまだ上昇気流に乗っていた80年代の胸弾むような時代の空気感が反映されている。




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都路華香《埴輪》、大正5年頃

絵画部門の特集は、京都の日本画家・都路華香(つじかこう)(1871~1931年)の生誕150年・没後90年展。
存じ上げない画家さんだったけど、京都らしい円やかな穏やかさが画面から漂っていた。

なかでも《埴輪》という絵が印象的だった。
埴輪工房を描いた作品のようだが、工房で働く人間たちと工房でつくられる埴輪たちがほのぼのとした空気のなかで、それとなく心を通わせているように見える不思議な絵だ。
今にも動き出して、職人たちの手伝いをするかに見える埴輪たち。

古墳に埋葬された人々が寂しくないよう、死後の世界で共に生きる埴輪たちに、職人が息吹を与えていく。
そのようすが楽しく、にぎやかに描かれていて、こちらの心もあったかくなってくる。



このほか、絵画ではシャガールが3点あったが、こちらは撮影禁止。
香月泰男の特集コーナーもあったが、こちらも撮影禁止だった。

最近、相原秀起著『一九四五 占守島の真実』という本を読んだ。
終戦直後のソ連の侵攻を食い止めるべく、千島列島最北端の占守島で戦い、その後シベリア抑留を経験した少年戦車兵たちの実話を記録したノンフィクションである。以来、シベリア抑留についてもっと知りたいと思っていたところだったので、香月泰男の作品に触れたことは収穫だった。
彼の画集を入手して、もっとじっくり向き合ってみようと思う。



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美術館4階の窓から眺めた風景。
ウェスティン都ホテルと、その右奥には将軍塚・青龍殿が見える。