クリスマスも近づいた師走のある日、「美の巨人」でも紹介されていたヨドコウ迎賓館を訪れた。
いつもながらあまり期待せずに足を運んだが、とにかくどこを見ても、目に入るものすべてが美しく、フランク・ロイド・ライトとその弟子たちの世界に耽溺した。
建築美術が好きな人には、超おすすめの穴場です。
この建物は、1924年にフランク・ロイド・ライトが灘の酒造家・山邑家の別邸として設計したもの。
ライト自身は1922年にアメリカに帰国したため、実地設計と施工監理はライトの弟子の遠藤新や南信たちに委ねられた。
戦後、洋館は淀川製鋼所の手に渡り、社長の邸宅として使われたが、老朽化や地盤沈下が激しく、一時は廃墟同然になっていたという。
1985年から大改修が始まり、阪神淡路大震災を経て、2000年にヨドコウ迎賓館として一般公開された。
帝国ホテルと同じく、このヨドコウ迎賓館にもライトが好んだ大谷石が多用されている。
やわらかい大谷石は加工がしやすい半面、浸食されやすく、雨漏りの原因にもなる。
建物にとっては諸刃の剣だが、風化した大谷石は表情に富み、古代インカ帝国の遺跡のような雰囲気。
不思議なデザインのエントランス。
左奥に見えるのが玄関扉。豪邸の玄関としては驚くほど狭い。
中央の石柱にはちょっとした「遊び心」が用意されている。
石柱の台のくぼみに設けられた石造のアクアリウム。
赤い金魚が愛らしく、訪れる人の心をホッと和ませてくれる。
2階の応接室。
ここも大谷石が多用され、マホガニーの調度品と相まって重厚なつくりになっている。
南側の窓はバルコニーに通じる。
応接室の北側の壁には、巨大な大谷石でつくられた存在感のある暖炉。
玄関と同様、左右対称のシンメトリーなデザイン。
折り上げ天井のような高低二重の天井が、部屋の格式を高めている。
額縁のように自然を切り取る大窓とゆったりしたソファ。
壁の上部には高窓が連続して並んでいる。
高窓はフランク・ロイド・ライトが湿度の高い日本の気候に配慮して設計したもの。
のちに窓からの雨漏りによって建物の腐食が進んだため、現在でははめ殺し窓になっている。
シックな直線で構成される空間。
どこを見ても、細部まで洗練されている。
3階は和室になっている。
和室はライト自身が設計したのか、彼の弟子たちが設計したのかは定かではないが、こうしたさりげないデザインも惚れ惚れするほど美しい。
欄間には、四つ葉のクローバーをデザインにした飾り銅板。
翡翠のような緑青の色が朽ちた趣きをかもしている。
この飾り銅板は至るところに繰り返し使用され、建物の主要モチーフになっている。
床の間の下には透かし窓。
高窓とともに、暗くなりがちな和室に光を取り入れている。
菱形窓も室内によく見られるモチーフ。
ここにも四葉の飾り銅板がはめ込まれている。
つくりつけの家具が多いのもこの建物の特徴の一つ。
デザイン性だけでなく、住む人が暮らしやすい機能性も充実。
和風の美とアール・デコとモダニズムの融合。
大正・昭和初期の建築は、なんて魅力的でセンスがいいんだろう!
温水と冷水の蛇口がついた洗面室。
当時としてはごく一部の富裕層しか享受できない最先端の設備だった。
タイル張りの風呂場。
もちろん追い炊き機能などついていないが、当時はこうしたお風呂が自宅にあることが富裕層の特権だった。
そう考えると、現代日本人が(たとえ庶民であっても)どれほど豊かな暮らしを享受しているかがよく分かる。
尾長鳥の漆器の文箱。
フランク・ロイド・ライトのスタンドライト(タリアセン)。
和洋折衷の書斎。
ライト自身は日本建築からの影響を強く否定しているが、彼のデザインからは日本的な美意識が強く感じられる。
最上階の4階の食堂。
中央が高くなった天井は、ヨーロッパの田舎の教会を思わせる。
暖炉の上には北欧風の木製の飾りも。
暖炉の右奥は厨房に通じている。
コックさんや女中たちが忙しく立ち働いたであろう厨房。
「ダウントン・アビー」の世界を想像してしまう。
食堂が最上階に設けられたのには訳がある。
それがこの南に面したバルコニー。
ここの住人はコックが腕によりをかけた料理とともに、ここからの眺めを楽しんだことだろう。
食堂からバルコニーに出て振り返ると、北側には緑豊かな六甲山系が広がる。
南を向けば、眼下には芦屋の街並みが広がり、はるか遠くには海が見える。
海と山が同時に楽しめる絶好のロケーションだ。
四角く突き出ているのが、暖炉や厨房とつながる煙突。
有機的な建築(オーガニック・アーキテクチャ)を提唱したライトはこう述べている。
「まざに自然の中に溶け入るように、しっくりと納まるように、そしてその地の風景、その地の生命のリズムを乱さぬように建物を建てるべきだ」。
古代遺跡を思わせる大谷石の風化した柱。
植物を抽象化した幾何学的な意匠のコンクリート製飾り石。
おもちゃのロボットのようにも見えてくる。
山の傾斜に沿って森の奥へと続いていく建物の模型。
1階のエントランス、2階の応接室、3階の寝室、4階食堂と、南から北へ傾斜に沿ってずれながら4層構造に建てられているのがわかる。
自然の地形と一体化した有機的な建築(オーガニック・アーキテクチャ)。
ライト建築の精神が息づいている。
フランク・ロイド・ライトのテーブルライト(タリアセン)。
日本の行灯のような郷愁を誘う明かり。
菱形モチーフをあしらった飾りバンドのあるグローブブラケット。