蹴鞠神事精大明神例祭「七夕祭」白峯神宮

2026年7月7日(火)

白峯神宮にお参りした後は、いよいよ蹴鞠神事のはじまりです!

奉納奉告祭

まずは精大明神の神前で奉告祭が斎行されます。


前回の記事で書いたように、白峯神宮は明治元年に飛鳥井家邸宅跡に建てられましたが、平安時代、この邸宅には「鞠聖」と称えられた蹴鞠の名人・藤原成通が住んでいました。


鞠の神さま「精大明神」については以下のような逸話が『成通卿口伝日記』に残されています。

千日間蹴鞠を続けた「千日行」満願の日の夜に、成通は3人の「鞠の精」に出会います。

鞠の精は、顔は童子で、手足は猿という不思議な姿をしていました。

鞠の精は語ります「人々が蹴鞠を愛好している時代には、国も栄え、善き人が政(まつりごと)を行い、幸福がもたらされ、人々は病気もせず長寿を謳歌します」と。

そして、「蹴鞠をするときは、私たちの名を呼んでください。そうすれば、木を伝ってすぐに参上します。ただし、まわりに懸木(かかりぎ)のない場所でおこなわれる庭鞠では、御奉仕することができません。いつも私たちのことを心にかけてください。そうすれば、私たちはたえずあなたを守護し、蹴鞠の道の上達を約束します」 そう言うと、鞠の精たちは忽然と姿を消します。

蹴鞠神事は、このような伝承にもとづいて続けられてきました。


お祓い

修祓に続いて、神主一拝、神饌を供える「献饌」、祝詞奏上、玉串奉納などがつづきます。

神楽奉納

神楽殿(拝殿)では巫女舞の奉納も行われました。

剣や鈴を持って舞います。


雅楽

雅楽の演奏を担当したのは紫香楽雅楽会の方々。


鞠庭

鞠の精たちは、ふだんは木々の繁茂する気持ちの良い林をすみかとしています。

つまり、通常は樹木の精なのですが、人が蹴鞠をはじめる気配を感じると、するすると木から降りて、鞠の中に入り込むのです。

鞠の精が憑くと、蹴鞠をする人の体には弾むようなリズム感が備わり、身のこなしも俊敏になり、宙に浮かんだ鞠を自在に操れるようになるとか。


そうした信仰から、桜、柳、楓、松の4種類の木を等間隔に植えて「鞠庭」とすることが古くからの習わしとなっています。




式木

生きた樹木を植えて鞠庭にしている神社もあるようですが、こちらではポールの上に木の枝をつけることで「式木(しきぼく)」の代わりにしていました。

式木は精大明神が宿る依り代であり、『成通卿口伝日記』にも「根を生やしている木ならば、鞠とのあいだに強い親和力が働くが、根のない木ではその親和力がまったく働かない」という趣旨のことが書かれています。

つまり鞠の精は、きちんと根の生えた生命力のある樹木がお気に入りということなのでしょう。

少し残念ですが、4種類の木を四隅に植えると、それぞれの成長の度合いが違っていて、鞠庭の大きさが整わないので、ポールを式木として使っているのかもしれません。



梶鞠

七夕に行われる蹴鞠なので、梶の枝に鞠をつけて「枝鞠」にしています。
(通常は榊の枝に鞠をつけるそうです)。

七夕の日に、梶の葉に和歌を書くと学芸が上達するという古くからの風習にちなんでいて、なんとも風流ですね。



解鞠の儀

まずは、枝から鞠を解き放つ「解鞠の儀」が行われます。

解鞠の儀は、一座の長老が行います。

その作法は秘伝になっていて、口伝で伝えられるそうです。

歩く時の所作や歩数など厳格に決められているようでした。



小鞠

白峯神宮では8人で蹴鞠が行われます。

「小鞠(こまり)」という試し蹴りをしてから、いよいよ本番です。



蹴鞠

蹴鞠の歴史は古く、中国殷の時代に蹴鞠に似たものが雨乞いの儀式として行われていたことが記録に残されています。

蹴り上げられて宙に浮き、天と地の媒介をする鞠。

古代中国の人は、日照りが続くのは天と地の距離が離れすぎて、宇宙のバランスが崩れてしまっているからだと考えました。鞠を何度も蹴り上げて、天でも地でもない中間的な空間にとどまらせることで、天と地のバランスを取ろうとしたのでしょう。



蹴鞠

蹴鞠において鞠を落とさずに続けるには、掛け声が大事とされています。

「アリ」「ヤア」「オウ」の掛け声が鞠庭に響き渡ります。


蹴鞠

この3つの掛け声は、3人の鞠の精たちの名前をあらわします。

「アリ」は夏安林、「ヤア」は春楊花、「オウ」は秋園。

成通卿に残した鞠の精たちの言葉「私たちの名を呼んでください。そうすれば、木を伝ってすぐに参上します」が思い出されます。

この掛け声により、鞠に憑いた妖精たちの働きが活性化され、鞠が地上に落下することなくリズミカルに跳ね上がっていくのです。



蹴鞠

なめした鹿皮と馬皮を縫い合わせた鞠はすぐにボコッと凹んで扱いにくそう。

名人・藤原成通は、鞠を蹴りながら清水の舞台の欄干を往復したというからオドロキです!

鞠の精が憑依した鞠の神さまのような人だったんでしょうね、成通は。


***
次の「小町をどり」までだいぶ時間があるので、蹴鞠の途中で抜け出して、近隣を散策することにしました。


今日庵・不審庵や寺院散策については別記事でご紹介することにして、以下は散策から戻ってきて、「小町をどり」を拝見したときの記録です。

小町をどり

小町をどりは元禄時代に始まった踊りですが、第二次世界大戦で中断されたのち、1962年に復活しました。

蹴鞠と同様に精大明神の神前で奉告祭をおこなった後、少女たちの踊りがはじまります。

紫の鉢巻きに桔梗の銀かんざし、緋色の襦袢を片脱ぎした、いかにも元禄時代らしい装束で、少女たちが太鼓を叩きながら、七夕飾りのまわりを廻っていきます。



織姫

少女たちの踊りが終わると、織姫と牽牛が神楽殿(拝殿)の上で舞い始めます。

こちらは織姫。


牽牛

こちらは彦星(牽牛)。

星合い

七夕の夜、恋する2人は天の川で再開します。


みんなで一緒に

最後は織姫・牽牛も加わり、みんなで輪になって踊るという、とても七夕らしい神事でした。