「能面面々-きょうの能楽に寄りそう面打」展

2021年11月17日(水)

京都の面打たちの能面展があると聞き、京都産業大学ギャラリー「むずびわざ館」へ行ってきた。
一部を除いて写真撮影OKだったので、気に入ったものを以下に掲載。

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大月光勲《逆髪》

とくに心惹かれたのが、大月光勲さんの《逆髪》。
能《蝉丸》に登場するヒロイン逆髪は、皇女という高貴な身分生まれながらも、逆立つ髪をもつために都から追放され、狂女となって放浪し、逢坂山で弟の蝉丸と再会する。

「逆髪(さかがみ)」は、おそらく民俗学的には「坂神」あるいは「境神」に由来するのだろう。蝉丸と男女ペアになって邪悪な者の侵入を防ぐ塞の神道祖神)だったと思われる。

大月光勲さんの《逆髪》は、境界神らしい「魔的な魅力」と、能の逆髪がもつ「狂気」、そして逆髪の高貴な生まれから滲み出る「優美さ」を感じさせる名品だ。

「逆髪の面は《道成寺》の前シテの白拍子や《三輪》の前シテの里女にも使われる」と解説にあるように、大月光勲さんのこの逆髪の面で《蝉丸》や《道成寺》や《三輪》を観てみたい。


大月光勲についてあまり存じ上げなかったのだが、梅若六郎(現・梅若実)の復曲能《渇水龍女》や金剛家の神事能《鈿女》などに創作面を制作された高名な面打さんらしい。

2年前に作品集『能面花鏡』を出版されたらしいので、さっそく注文した。個展があれば、ぜひうかがいたい。






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中村光江《蝉丸》

こちらが、能《蝉丸》で逆髪の弟として登場する蝉丸の能面。
独特の作風をもつ中村光江さんの作品は、大月光勲さんの面とともに印象に残った。

この蝉丸の面も瞑想的で、イノセントな清らかさとともに、宮廷から追い出された盲目の少年皇子のもつ昏い影をこめかみや頬の辺りに漂わせている。
左右、正面と、角度を変えて見るたびに、悲しみや諦念、虚無感など、違った感情を表情を見せてくれる。




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中村光江《若女》

こちらも中村光江さんの作品だが、間隔の開いた左右の眼は大きさが違っているところなど、まるで実在の人物をモデルにしたように生々しく、妖艶だ。
街で見かけそうな現代的な美女である。

中村光江さんの能面は観世宗家をはじめ多くの能楽師が舞台で使っているというから、もしかすると、これまでも気づかないまま能舞台で観ているのかもしれない。
この若女、少し「狂い」の要素も感じられるから、《松風》などに使うといいかもしれない。在原行平の形見の衣を狂おしく抱きしめたり、恋しげ松の木に駆け寄ったりする姿が似合いそう。想像力をかき立てられる。




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宇髙通成《黒式尉》《白式尉》

能楽師・宇髙通成さんの翁面。
能楽師としての経験が面打にも生かされるのだろうし、自作の面を舞台でつけることで、ご自身が思い描く主人公のイメージにより近づくことができるのかもしれない。
それにしても素晴らしい白式尉・黒式尉だ。
造形といい、福々しい朗らかさ、ひげの角度・長さ、古色を帯びた褪色漢・剥落感といい……時を経ることで、さらに深みと艶が増し、良い風合いが出てくるのだろう。




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展示されていた謡曲の舞台となった京都の名所地図。
行ったことのある場所ばかりだけれど、地図として眺めてみると分かりやすい。

お能の世界に思いを馳せながら、あらためて巡ってみようと思った。