能面100 ~美術館「えき」KYOTO

2022年1月8日(土)

今年初めての美術館賞は、伊勢丹京都店7階にある美術館「えき」KYOTOの能面展。

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展示された能面は、金剛家所蔵品と篠山能楽資料館のもの、そして能面愛好家・研究者スティーヴェン・マーヴィン氏のコレクションで構成される。


どれも名品ぞろいだが、やはり金剛家のものは別格だった。


金剛家所蔵の能面といえば、豊臣秀吉が愛蔵した雪・月・花の小面のひとつ「雪の小面」(伝龍右衛門作、室町時代)が超有名で、もちろん、この展覧会でも目玉のひとつである。


雪の小面は古典的な顔立ちで、現代の基準からすると美人とは言い難いが、いかにも高貴な女性らしい品格がある。能《定家》の式子内親王のような役柄にはぴったりだと思う。
額が異常に広く、目鼻が顔の下半分に詰まっていて、造作のバランスが良いとは言えないが、おそらくこれは室町当時の演能法として、鬘帯を(面の下ではなく)額の上からかけていたためであろう。



資料館やコレクターが所蔵していた能面と比べると、金剛家所蔵のオモテには長年使いこまれた艶とテリがあり、「用の美」という独特の美しさが備わっている。

歴代の役者たちの汗と涙とさまざまな思いが能面の血肉となり、使用や経年による褪色や剥離が深い味わいとなって面のなかに沈殿している。

能面の美は、使われてこその美なのだと改めて思う。


とはいえ、個人的にとりわけ心惹かれたのは、金剛家のものではなく、篠山能楽資料館蔵の洞白 出目満喬(みつたか)作「童子」(江戸時代)だった。

柔らかそうな唇はしっとりと紅く、肌の質感も頬ずりしたくなるほどみずみずしい。
美少年の姿のまま何百年も生き続けた菊慈童そのままの妖しい魅力を放っていて、いつまで見ていても見飽きない。

江戸川乱歩の小説に人形に恋をする「人でなしの恋」というのがあったが、能面に恋をする小説が書けそうなほど、人の心をとらえて放さない。
面打ちが文字通り精魂込めた能面は、面打ち本人が死んだ後もずっと生き続けている。



そのほか、気に入った能面を以下にメモしておく(番号は展示ナンバー)。

1)翁(白式尉) 伝・日光作、室町時代、金剛家
2)翁(白式尉) 伝・日光作 室町時代 篠山能楽資料館
4)父ノ尉 作者不詳、室町時代、マーヴィン・コレクション
5)父ノ尉 伝・春日作、室町時代、金剛家
7)黒式尉 伝・日光作、室町時代、金剛家
33)蝉丸 出目二郎左衛門満照作、室町時代、金剛家
37)邯鄲男 出目元休満茂作、江戸時代、マーヴィン・コレクション
39)一角仙人、兼古(子)儀右衛門作、江戸時代、マーヴィン・コレクション
45)小面 赤鶴作、室町時代、篠山能楽資料館
51)増女 是閑出目吉満作、桃山時代、金剛家
69)般若 井関親政作、永禄元年、篠山能楽資料館
71)白般若 作者不詳、江戸時代、篠山能楽資料館
76)小飛出 伝・赤鶴作、室町~桃山時代、マーヴィン・コレクション
82)大癋見 伝三光坊策、室町時代、金剛家
86)大顰 作者不詳、室町時代、金剛家


追記:能面の制作工程として、私の大好きな面打である大月光勲さんの小面の制作現場が紹介されていた。
できあがった小面の素晴らしさといったら!
室町の名匠たちの作品にも引けを取らないほど見事で、煤竹の煮汁で施された古色によって経年感がたくみに表現されていた。